2020年06月22日

アラスカ―原野の思考―(5)


今回は、一挙に最後の章に飛びます。『付録ー星野道夫・番外編ー』

です。ここには、これまでに書いた星野道夫にまつわる文章の中か

らピックアップした四篇と、新しく書いた文章三篇を掲載しました。

その中でも一番最後に収録した〈二つの現実〉という文章の冒頭部

分をご紹介します。




F〈二つの現実〉


 「私は、一時期、星野の本に逃避していたことがある・・・・・。」

これは星野道夫文庫にいらした何人かの方がおっしゃった言葉です。

ある方は少し照れながら、またある人は真面目な表情を浮かべなが

ら・・・・・・。


 (星野の言葉に、逃避・し・て・い・・・た・・・・・・・・・・)

私はその言葉を聞いたとき、自分はどうだったのだろうと考えました。

私が星野の最初のエッセイ集『アラスカ光と風』に出会ったのは、19

86年の7月の末、六興出版の本でした。まだ出版されたばかりの本が

偶然行きつけの書店の棚で私の目に止まったのです。その出会いは、今

思えば、いわゆるシンクロニシティーといっても過言ではなかったでし

ょう。何かを心底求めていた人間の目の前に、その求めていたものが突

然出現したのですから・・・・・・・。


 当時私は、仕事の厳しさ、難しさで、完全に心身が干上がった状態でし

た。そんな時に、私は見ず知らずの星野道夫という男の本を、その題名

に惹かれ書棚から抜き取ったのです。そして、いつものように立ち読み

を始めました。しかも、最初の章の「クジラの民」(六興版は第一章に

ありました)を読み終えるころには、まるで、干からびたスポンジが水

を吸い込むように、私の心に、いや全身に何かがしみわたってゆくのを

感じたのです。


 それが、私と星野道夫との出会いだったのですが、それ以来事あるごと

に、星野の本を読み継いできました。考えてみると、はじめはどちらか

というと行き詰まっていた時に手に取っていたことが多かったように思

います。ですから私自身が、つらい現実から星野道夫の世界に逃れ、そ

こからまた何かを得て、復帰するということが何度もあったのです。癒

しの場合もありましたし、深い励ましをもらったときもありました。

ただ、そんな私でしたが、いつのころからか、星野への対し方が少しず

つ変わってきている自分に気づきました。星野の言葉には、優しい語り

口でありながら、芯の通った、何か不思議な力がありました。彼の言葉

は叱咤激励型の言葉ではありません。もっと静かに、穏やかに、人の心

の奥底にまで浸透してくる言葉、強いて言えば魂に語りかけてくるよう

な言葉でした。星野道夫の世界には、今までのどの表現者も成しえなか

った、彼固有の、しかも普遍性をもった世界が広がっている・・・・・

と、私は思うようになりました。

いつしか私は、社会生活を送る自分自身のものの見方・考え方に、星野

の視点から少しずつ修正を加えながら生きている自分に気づきました。

 私にとってそれが顕著に表れたのは・・・・・・・・・・・・・・・。






この文章で私は、文庫にいらっしゃる方々のある言葉から、私自身が

星野道夫の考え方とどのようにかかわってきたか、その変遷を綴りま

した。人それぞれにその人なりのかかわり方があるはずです。その人

にしかできない星野とのつながりももちろんあるでしょう。そうした

ことを出し合うことによって、星野道夫の理解がさらに深まっていく

のではないでしょうか。

口幅ったい言い方で恐縮ですが、そんなことを投げかけてみたかった

ことと、いわゆる〈現実〉というもののとらえ方について、私が気づ

いたことを綴ってみました。








posted by soil at 08:53| Comment(0) | 星野道夫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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